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かつおぶし詳細情報 鰹節の名前の由来・鰹節の歴史

カツオはなぜ『鰹』なのか?
カツオは「魚」に「堅」と書きます。カツオに「鰹」という字を使う様になったのは、江戸時代以降の事なのですが、それ以前は「堅魚(かたうお)」と表記されていました。ではなぜカツオは堅い魚なのでしょう?   神社などの棟木についた飾りを「堅魚木」とも呼んでいるところからも、カツオが昔から重宝され、朝廷への献上品であった様に、カツオは高い評価がありました。
 

一説には、日本人がその昔からカツオを干物にして食していたからではないかと言われています。

また、『古事記』には「型魚」という言葉で登場しています。『大宝律令』や『養老律令』、『延喜式』には「堅魚」、「煮堅魚」、「堅魚煎汁(かたうおいろり)」などと表記され、カツオ加工品が当時の賦役品になっていた様です。トカラ列島には、「かつほぶし」と書かれた最古の記録が残されており、平安朝以前には、伊豆・土佐・紀伊など10カ国から朝廷に貢納されています。

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「節」は無いのに「鰹節」
 

鰹節は生のカツオをいくつかの工程を経て乾燥させたものです。しかし鰹節には節など見あたりません。なぜ「節(ふし)」という漢字が使われているのでしょう?

鰹節は、製造工程中、煙でいぶして作られることから「かつおいぶし」が転じて「かつおぶし」と呼ばれるようになったのではないかと言われています。

 

また、鰹節は松の節の様に堅くて色が赤い為、「一節、二節」という風に「節」で数えられていました。製法の「いぶし」と合わさって「鰹節」の呼び名が誕生したといわれています。

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鰹節の発祥地はモルジブ説
 

鰹節が世界の中で食習慣として認知されているのは、モルジブと日本だけである事はあまり知られていません。

生産地としては、フィリピン・インドネシア・台湾等があるが、日本向けの輸出品です。アジアには鰹節だけに限らず、干物や燻製にする地域が多く、地域特性を考えると、「防虫」の為に鰹節が発達したと考えられます。

また、モルジブは海に囲まれており、食生活における資源を海産物に頼らざるを得ないが、鰹が漁獲の70%程度を占めるほど獲れて、「モルジブフィッシュ」と呼ばれる程、最もメジャーな魚として認知されているのです。

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「鰹節」日本での発展
 

鰹節が日本で本格的に発展したのは江戸中期のことです。

江戸になると、鰹節製造法の記述が見られます。カツオを煮熟して曝乾(ばくかん)したという記述があり、燻したという具体的な記述もあります。そして、カツオの腸などの内臓を塩漬けにした酒盗の記載もあります。また、燻煙によるカツオの加工方法である燻乾法が開発されたのは江戸中期で、それまでは煮たカツオを天日とと火熱で乾かす「焙乾法」が採用されていました。

 

 

 

 

 

「燻煙加工」は紀州の印南浦(現在の和歌山県印南町)出身の漁民である角屋甚太郎が、1674(延宝2)年に土佐の宇佐浦(現在の高知県土佐市)で初めて行ったと伝えられており、カツオ群を追い求め足宇摺沖へ出漁した際、遭難し漂着した宇佐浦に住み着き、現地で節製法を伝授したのです。土佐藩ではこの「燻煙加工」を藩の秘法としました。

やがて「燻煙加工」は、宇佐浦地方から土佐清水へ伝えられ、その後、紀州の印南浦の住人で鰹節職人の「土佐与一」が燻煙加工による土佐節を全国へと広げました。

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